ブランド買取のOKURA(おお蔵)トップ コラム 世界中で愛されるLOUIS VUITTON ~日本出店までの歴史~ | OKURA(おお蔵)
コラム

世界中で愛されるLOUIS VUITTON ~日本出店までの歴史~ | OKURA(おお蔵)

LOUIS VUITTON

その名前は誰もがご存じのブランドではないでしょうか。

街を歩けばショップが立ち並び年齢を問わず使用できるデザイン、

本革や高級製品で作られたビニール素材を使用していることから耐久度が高く長く使用できること、

お買い替えの際に高値で買い取ってもらえることが多いことも人気の理由だと考えられます。

今回はルイヴィトンの人気の秘密や歴史をひも解いていこうと思います。

 

ルイ・ヴィトン パリへ行く


これはとても有名なお話かもしれません。

1821年 フランソワ・グザヴィエ・ヴィトンの12人兄弟の真ん中の子として創設者ルイ・ヴィトンが誕生。

彼が10歳の時、彼の母親であるマリー・コロネ・ガイヤールが5番目の子を出産したのちに死亡。その後父親は再婚をします。

しかしその再婚相手の継母はルイヴィトンや彼の兄弟に仕事を押し付けたり、辛く当たることがあったそう。

そんな生活に痺れを切らしたのか、我慢ができなくなるほど継母に辛く当たられたのか 今となってはその詳細を知ることはできませんがルイは14歳でパリに行くための家出をします。

パリまでの道中ルイは馬屋番や食堂のボーイなど様々な仕事をしましたが、彼が一番好んで行った仕事は自分が唯一精通している木の仕事でした。

木こりを募集していると聞けばパリまで遠回りになってもその地へ赴き木こりとして従事。そうこうしてパリにたどり着いたのは家を出てから約2年後のことでした。

 

トランク職人から世界中で愛されるブランド創設者へ


1837年16歳でパリにたどり着いたルイはオペラ座に近いカプシーヌ大通りのフォーブール サン トレノでレイティエ・アンバルール(荷造り用木箱製造職人兼荷造り職人)のマレシャル氏のもとで見習いとして働き始めます。

当時の主要な交通手段は船や汽車、馬車であり、それらの荷物は手荒く扱われており、旅行者は職人に依頼し、個々に持ち物を荷造りし、保護してもらっていたといいます。フランスでは「クリノン」と呼ばれる張銅で広げたスカートが流行。貴族たちは旅行する際にはこれらの衣装を収納する木箱の製造と荷造りの専門家が必要となり登場しました。

ルイとマレシャルも高価な衣装を入れるためにポプラ製の木箱を自分たちで設計し、組み立てます。そして木に精通しているルイはすぐにこの仕事に熟練した腕を持つようになりました。ルイが木箱づくりに取り組み、高級なドレスやスカート、帽子を扱うようになって10年。その間、休むことなく入念に選んだ木を削ぎ鉋をかけ仕上げをする作業を続けます。

30歳になる頃にはルイはフランス随一の「荷造り木箱製造職人 兼 荷造り職人」と呼ばれ、有名な仕立て屋に頼まれて出入りの難しいアトリエやに足を運び、フランスオートクチュールの箱詰めを行いました。

1852年に即位したナポレオン3世が1853年1月ウジェニー・ド・モンティジョが結婚すると舞踏会やレセプション、旅行が頻繁に行われるようになり、名だたる荷造り用木箱製造業者や職人に注文が殺到するようになりました。ルイとその師匠のマレシャル氏も例外ではなく、皇后ユージェニーの依頼でエリゼ宮へ。皇后は元々華麗な衣装の梱包を自ら指示していましたが、やがてルイだけにこの仕事を任せるようになりました。

1854年5月にルイは最愛の妻エミリー・クレマンス・パリオーと結婚。1857年にはジョルジュ・ヴィトンが誕生。ルイの同時期年老いたマレシャル氏は彼の職人としての技量はもちろん、ルイが有名な仕立て屋や注文のうるさいお客さんからも腕前を認められていたこともあり自身の引退を考えるようになりました。

結婚から数週間ルイとエミリーは独立について考え、自身の名前であり世界最初の旅行鞄のアトリエ「LOUIS VUITTON」を設立する決心をします。アトリエLOUIS VUITTONは、当時の名称でヌ―ヴ・デ・カプシーヌ通り(現在のフランス パリ カプシーヌ通り)にあり、ヴァンドーム広場や平和通りの仕立て屋のすぐ近くに仕事場を構えました。

 

ここまでが彼がパリに来てからLOUIS VUITTON誕生までになります。

 

アトリエから世界に愛されるブランドを目指して


開店から数日後、彼はアトリエ設立後初のトランクを発表しました。このとき発表されたものは防水性を備えたグレー地の「グリ・トリアノン・・キャンバス」。その後その布地を用いたトランクを生み出し、ルイヴィトン・マルティエ(ルイ・ヴィトン・トランク製造職人)として歴史の第一歩を踏み出したのです。

早期に成功を収めたルイは事業拡大の必要に迫られ、1859年ア二エールにアトリエを開業。パリ北西のこのアトリエは開業当時20名程の従業員数でしたが、1900年には100名、1914年には225名にまで拡大しました。その後事業がどんどん拡大し、LOUIS VUITTONが有名になると彼の作るトランクのコピー品のが横行し、1872年「Striped Canvas」と呼ばれるベージュと赤の2色で色づけされた布地にデザインの変更を行いました。が、悲しいことにこちらもすぐにコピー品が出回ってしまします。ルイの技術はコピー品に押されることなく評価を得ていたため成功を収めます。また私生活では1880年には息子のジョルジュ・ヴィトンがジョゼフィーヌ・パトレル と結婚。入籍当日に、ルイはジョルジュにスクリーブ通りの店を任せました。

1885年ヴィトン社は新たな事業拡大としてロンドンへ進出をします。ロンドン進出をした後もデザインのみを真似たルイヴィトンのコピー品の横行は続き、

1888年ルイの息子であるジョルジュは「ダミエ・ライン」と呼ばれる日本の市松模様からインスパイアされたデザインを考案。当時ジャポニズムが流行していたこともあり、人々に受け入れられ、1889年のパリ万博博覧会で金賞を受賞した。金賞を受賞したダミエ・ラインもすぐにコピー品が出回るようになり、ヴィトン社はこれに対抗すべく次々にデザインを発表します。

当時旅行者の多くはトランクにワードローブや必需品を全て入れていました。その為盗難被害に合うことも多かったのです。そこでルイとジョルジュは盗難被害防止のためトランクにつける鍵の開発を始めました。そして1886年に5枚羽根を使った錠前システム、2個のスプリング式バックルを用いた錠前のシステムを開発しました。そこから数年、ジョルジュはこの鍵の開発を経てこの画期的なシステム「ボワティエ」特許を取得しました。

1892年 ヴィトン社はハンドバッグの販売を開始。トランクやハンドバッグなどが掲載された最初のカタログがリリースされた。

その年の2月27日ルイは自宅で息を引き取り、息子であるジョルジュが会社の全権を握ることになりました。

 

LOUIS VUITTONを世界へ


ルイの亡き後、息子であるジョルジュはルイヴィトンを世界的な企業へと押し上げます。

1893年のシカゴ万博博覧会への出展や、著書「Le Voyage」を出版し、企業拡大のための取り組みを行いました。

1896年一向に収まることのないコピー品の横行にジョルジュは「生産率よりもより工夫がされた斬新なデザインを」という考えのもと対抗すべく、ヴィトン社は新たに「モノグラム・ライン」を発表しました。モノグラム・ラインといえば花と星のシンボル、ブランド、そして亡き父の名前の頭文字であるLとVが均一に並ぶフラットかつ複雑なパターンのデザイン。実はこのデザインは日本の家紋にインスパイアされたそうです。その複雑なデザインは職人が一つ一つ描きあげるので同じものを作り上げることは困難だったため、同業によるコピー品の流通を激減させることに成功しました。

ジョルジュはその後アメリカへ渡航、ニューヨーク、シカゴ、フィラデルフィアなどの様々な街に訪問、その訪問中にもヴィトン社の製品を売って歩いたそうです。

その後1898年の「パリ・オートショー」への参加、1900年に参加したパリ万国博覧会では「旅行アイテム及び革製品」の部門を担当するという栄誉を得ました。

そしてどんどん世界中へと進出し、1914年パリ シャンゼリゼ通りに世界最大のトラベル・グッズ専門店がオープン。

各地のルイヴィトン直営店に日本人の行列ができるようになりました。観光客ももちろんいましたが、そのほとんどは転売目的で訪れていた人たち。日本では正規価格の3倍で転売されていることを知ったヴィトン社は日本への出店を決意。

1978年3月 東京 日本橋高島屋店、サンローゼ赤坂店、渋谷西武店 大阪 西部ピサ大阪ロイヤル店、アンロワイヤル阪急17番街店の5店舗がオープンしました。その年の9月には大阪なんばにあるタカシマヤ大阪店がオープンしました。

1981年 日本初の直営店舗として「ルイ・ヴィトン 銀座並木通り店」がオープン。世界中へと店舗網を拡大し、現在に至っています。

 


 

いかがだったでしょうか?

ルイヴィトンが世界中で愛されるまでには創設者ルイ・ヴィトンの過去やルイの息子ジョルジュ・ヴィトンをはじめとするヴィトン社の皆さまの弛まぬ努力の成果だということが見えたかと思います。

弊社でも数多くのLOUIS VUITTON製品を取り扱っています。ダミエモノグラムヴェルニタイガエピなどの定番ラインはもちろん、カプシーヌマヒナなど幅広く性別や商品の形態に問わずご用意しております。ぜひリンクからご覧くださいませ。

ルイヴィトンの買取実績はこちら

OKURA(おお蔵)は
相談料・査定料が無料!
はじめての方でもお気軽に
ご連絡ください!
mail
出張買取お申し込み
出張料・査定無料!
delivery kit
宅配キット申し込み
宅配キットは無料!
line
LINE査定
お手軽!カンタン!
phone
0120-096-905
お電話でもご相談受付中!