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この素晴らしき世界に、エルメス在り
2022年03月24日

美食の地、ファッションの最先端、芸術の宝庫、そして1000年以上の長い歴史。

その全てが、世界中を巻き込み、人々を魅了し続け、まさに世界と密接に関わっているといえる国。

その一つが「フランス」といえるだろう。

そんな地で、数々のブラントが立ち上がっており、バッグに絞ってもその数は手に余るほど。

その中でも、ブランドバッグの最高峰ともいえるブランドをご存じだろうか?

その名も、【HERMES】である。

 

HERMESの歩み 


すでに、人々から絶大な人気を誇っており、もはや常識ともいえることかもしれないが、その歴史は、1837年に高級馬具工房を構えたことが始まりとされている。

今から、185年前の出来事だ。

その創業者が、現在ブランド名の由来になっている「ティエリ・エルメス」である。

「ティエリ・エルメス」は、1801年クレーフェルトというドイツ西部の都市に誕生した。

当時は、フランス第一共和制の統治下であったため、フランス国籍としてその生涯を歩むこととなる。

実家は酒場を営んでいたとされており、まだ幼かったティエリは酒場に訪れる旅人の馬車の整備や、馬のお世話をすることに日々邁進していたのだとか。

そんなティエリがコツコツと積み上げた手仕事は、地元で大きな評判を呼び、なんと13歳という若さで、親元を離れ、単身パリへとおよそ500㎞もの道のりを、なんと徒歩で移動したというから驚きだ。

争いが絶えない不安定な時代が続く中、人々の移動や輸送に関しても馬車を利用していたことから、最も業界に活気があったと時代といえる。

馬具屋として働きながら腕を磨き続けたティエリ。

いつしか馬具制作に囚われず、皮革の鞣しや選定も学び、その飽くなき探究心は留まることを知らず、1837年ついにパリにて自身の馬具工房を構えることとなった。

この出来事がHERMESの始まりになったことは誰もが想像しなかっただろう。

パリ万国博覧会にてグランプリを受賞するまでとなったティエリは、その息子「シャルル・エミール・エルメス」に2代目を継ぐと、1880年には工房移転を決めた。

その移転先こそ、現在のHERMES本店となっており、世界へとその名を轟かせることになっていく。

最高級の馬具だけでなく、手袋や鞭、馬装用品そしてオリジナルの鞄の販売を始めた。1892年には馬具用の鞭を入れるための鞄「オータクロア」を製作し、これこそが現在のHERMÈSの顔ともいえる「バ―キン」の前進だったそうだ。

その後時代は進み、20世紀にもなると馬車は衰退し、自動車へと進化を遂げていくことになる。

 

そんな時代の急激な変化にも柔軟な対応をみせたのが、3代目「エミール・モーリス・エルメス」である。エミール・モーリスは、現在のHERMESの基盤を作った人物とされており、2代で積み上げてきた技術を、馬具からバッグをはじめとする革製品の制作、販売に着手していくことになる。

1923年に世界初のファスナー付きバッグとして、発売されたのが「ブガッティ(現在のボリード)」だということは周知の事実。

1927年には腕時計を、1937年にはシルクスカーフ「カフレ」を発表し、その後も香水やネクタイなど、後の代名詞となるものを次々と展開していき、まさにHERMESの名を世界に知らしめた人物となった。

 

そして1951年、エミール・モーリスの次女ジャクリーヌの婿である「ロベール・デュマ」が4代目に就任し、HERMESにとって大きな出来事が起きる。

ロベール・デュマは、先代の技術の継承発展とともに、1935年に自身がデザインした「サック・ア・クロア」が、ハリウッド人気女優であり、モナコ王妃となった「グレース・ケリー」によって急展開を迎える事となる。

当時グレース・ケリーが愛用していたことや、彼女が妊娠中のお腹を咄嗟に手に持っていたバッグで隠した姿を収めた写真が、パパラッチから広まったことも相まって、「サック・ア・クロア」は世界中に認知されるバッグとなった。

このことから、ロベール・デュマはモナコ王室に許可を取り、1956年に呼び名を現在HERMESを象徴するボリードと並ぶ「ケリー」と改名し更なる人気となったのだ。

 

「ジャン・ルイ・デュマ」が1978年に5代目に就任すると、ターゲットを若い女性に絞ったことで、HERMESが更なる高みへと駆け上がることになる。

1981年、ジャン・ルイ・デュマは偶然乗り合わせた飛行機で、イギリス人気女優「ジェーン・バーキン」と出会うことになる。ジェーン・バーキンが大量の荷物を鞄に詰め込んでおり、それを見かけたジャン・ルイ・デュマが彼女のための大容量の鞄を製作することを提案する。このことから、前述したオータクロアをベースとした鞄を、彼女の名前からとった「バーキン」と名付けられることとなった。

 

その後は、一時ジャン・ルイ・デュマからの要請により、右腕だった「パトリック・トマ」が企業運営を委ねられることとなった。パトリック・トマは、世界中の地域ごとのビジネス戦略を立て、HERMESの更なる発信へと力を注ぐこととなる。

 

そして、2013年正式な後継者として「ピエール・アレクシィ・デュマ」が6代目に就任し、革製品とファンタジーの融合という、新たな風が吹き込むこととなった。

 

こうした代々受け継がれてきたものが実を結び、世界中にその名が知れ渡る【HERMES】という何にも負けないような最高峰ブランドへと成長を遂げていったのであった。

 

HERMESの両雄


HERMESの代表的なモデルとして、前述した「バーキン」「ケリー」が挙げられる。

※画像内のサイズ表記には多少の誤差が生じる場合がございます。

「バーキン」の特徴として、長方形に近いフォルムのハンドバッグであり、ハンドルもダブルの仕様になっており、クロアにキーを付け、フラップとバッグの口を閉じることが可能となっているが、鍵をかけずより実用性を重視した普段使いに適したバッグであるといえるだろう。

ジェーン・バーキンの背景と相まって、容量も大きく扱いやすいことから絶大な人気を誇っているといえる。

普段使いに適したバッグといえど、そこを凌駕しているのが流石というべきHERMESの作品。その何者にも負けない高級感は、あなたの生活を一新するものとなる。

※画像内のサイズ表記には多少の誤差が生じる場合がございます。

「ケリー」の特徴として、台形型のフォルムになっており、ハンドルもシングルの仕様になっており、バッグの口とフラップを留めるためのカギが付いている。また、専用のショルダーストラップも付属するため、ハンドバッグとショルダーストラップの2つの顔を楽しむことができるバッグといえるだろう。

先ほどのバーキンと比べ、よりフォーマルな印象が強いため、普段使いよりかはフォーマルな場面でよりその美しさを発揮するものであるといえる。

さらにケリーには外縫い、内縫いのタイプが存在する。

外縫いは、外側に縫い目が見えるようになっており、エルメスの象徴であるステッチワーク「クージュ・セリエ」という技術が施されており、よりフォーマル洗練されたフォーマルな印象を与えるものとなっている。

反して内縫いは、外縫いに比べて全体のフォルムが柔らかい印象になり、ケリーでありながら、カジュアルな印象を与えるものとなっており、ケリーは様々な表情を見せることが可能な作品といえるだろう。ケリーを持つすべての人を、洗練された大人の女性へと大変身させるほど、至高の一品ともいえる。

 

当然HERMESのバッグは、こんなものでは終わらない。

2大巨頭ともいえる「バーキン」「ケリー」に加えて、
その愛らしい名前と形でありながら、奥行きが深くあり、口が大きく開くことで荷物の出し入れが非常にスムーズで人気のある「ピコタン」。
ケリーやバーキンよりも歴史は深く、丸みを帯びたシルエットに、ファスナーや内ポケトといった、とにかく使い勝手が良くロングセラーモデルの一つである「ボリード」。非常にカジュアルな面持ちでありながら、シルエットは非常になめらかで美しい。そこに「H」のパンチングがアクセントになり個性的な印象も与える斜めがけのショルダーバッグの「エブリン」など、数多くのバッグモデルが存在し、その全てが人類の宝ともいえる作品ばかり。

また、バッグの代名詞がバーキン・ケリーならば、財布の代名詞と呼ばれ、控え目でありながらも確かな存在感を示す留め金の「H」が特徴の「ベアン」。まるで芸術作品のようなデザインであり、厳選されたシルク素材がしっとりとした極上の手触りが特徴のスカーフ「カレ」など、バッグだけでなく小物に至るまで、HERMESの細部へのこだわりが窺える。

 

HERMESの在り方


最高峰のブランドHERMESであるが、実は現代のものづくりとは逆らっているともいえる生産体制である。

これだけ人気のある物であれば、大量に生産し、コンスタントに商品を提供するところをあえて行っていない。そこには、HERMESならではの執念ともいえるこだわりがある。なんと、全ての作品を一人一人の職人が手作業で作り上げているのだ。

それだけではない。素材へのこだわりも超一級品である。

なんと良い素材が手に入らないとなると、制作はせず何年も待つことは日常茶飯事なんだとか。

それでも求める人々が後を絶たないことから、希少性が非常に高く、資産や投資といった考えまで生まれるほど。

これほど妥協を許さないその精神はまさに、最高峰ブランドの鏡ともいえる。

「最高の素材」「最高の職人」「初志貫徹の精神」「積み上げた歴史」

これらが合わさり奏でることで響き渡る最高のメロディこそが「HERMES」という名を世界中へ広め、愛されるブランドになった要因であるといえるだろう。

HERMESのロゴには、馬車と馬、従者が描かれている。これには、少し違和感を覚える人もいるかもしれない。そう、馬車に乗っているはずの主人がいないのだ。

しかしこれは、ミスなのではない。これにも深い意味が存在する。

それは、馬車を操る主人は私たち自身だという想いが込められているのだそう。

最高の馬車と従者はHERMESが用意をするが、そのブランドを扱っていくのはお客様自身だという、HERMESのこだわりともいえる声が聞こえてくる。

HERMESという最高峰のブランドといえど、使い方一つでその美しき輝きも失われてしまう。

大切に扱うことで、馬車は美しい輝きの方へ導き、私たちの生活に光を灯し続けるものになるだろう。

 

私たちは、この歴史を継承し、次の世代へと繋げていくことが、このブランドを愛すること、美しさを磨き続けることになるだろう。この最上のメロディは永遠に響き続け、HERMÈSはこれからも歩み続けるのだ。

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